最新.4-8b『あなたはどっち』
補給「……攻撃が、止んだ」
壕内で身を潜めていた補給が上空を見上げる。
壕の周辺は鉱石のツララが無数に突き刺さっていた。
隊員O「終わったのか?糞」
塹壕めがけて降り注いでいた鋼鉄の雨が弱まり、周囲に降り注がなくなった。
補給「スナップ11、こちらはジャンカーL1!鋼鉄の雨が止んだぞ!」
補給は無線機のマイクを手に取って叫ぶ。
しかしすぐに返答が返ってこない。
数秒待った後に、補給は再度無線に向けて声を発しかけたが、その直前で応答があった。
武器C『ジャンカーL1、こちらスナップ11!不測事態が発生。敵の攻撃により特隊A士長が負傷!』
負傷の報告に補給は顔をこわばらせるが、報告はさらに続く。
武器C『こちらでは敵の無力化を確認できていない、敵オペレーターが残存している可能性は未だ否定できず。
こちらは敵攻撃により重機関銃が大破し攻撃の継続は困難。至急、別手段での再攻撃及び制圧を願う!』
補給「了解スナップ11、こちらでただちに対応する」
他にも聞きたい事のあった補給だが、今は端的にそれだけ返した。
補給「隊員N三曹、聞いたな。この隙に崖の死角にいる敵勢力を制圧する。
制圧のための銃手を何名か選抜する、その指揮を取れ!」
隊員N「了解!」
補給「武器A、隊員L、隊員O、隊員M、武器B!隊員N三曹の指揮下に入り、崖下の敵を攻撃しろ!」
補給は数名の隊員を選び出し、命令を伝える。
武器A(チッ、マジか)
隊員O「あぁ、糞ッ」
名を呼ばれた各員は各々の心境の元、武器の確認を行う。
隊員N「よぉし、隊員O、隊員M、手榴弾ッ!」
隊員Nは隊員O三曹、隊員M三曹の両名に手榴弾の指示を出す。
そして自身も手榴弾をサスペンダーから掴み取り、ピンを引き抜いた。
隊員N「投擲ッ!」
合図と共に、塹壕から再びに三つの手榴弾が放り出された。
放り出された手榴弾は崖下に消え、数秒後に炸裂音が聞こえる。
炸裂音を聞いた瞬間に、隊員Nは手にした信号銃を上空に向け、照明弾を打ち上げた。
隊員N「行くぞォッ!」
そして隊員N三曹以下、6名の隊員は塹壕を飛び出した。
崖の縁まで走り、隊員N三曹等は崖下に視線を向ける。
彼らの目に、死角に身を隠す傭兵達の姿が飛び込んできた。
親狼隊長の放った矢は対岸の光の発生源へと吸い込まれると、敵の鏃は鳴りを潜めた。
親狼隊長「止んだ……攻撃が止んだぞ、今だ行け!」
親狼隊長の合図で、わずかに残った負傷者と生存者が脱出を開始。傭兵達は崖際を伝って後方へと走った。
皮肉にも、生存者の数が少なかった事が脱出を円滑にし、僅かな時間で生存者の半数以上がその場から脱出することに成功していた。
崖下に残るは殿を務める数名、そして動かすことのできない程の重傷者。
重傷者の中で意識のあるものは、脱出を少しでも手助けするために、クロスボウを脇に抱えていた。
親狼隊長「間に合うか……側近傭兵、お前も引け」
側近傭兵「嫌です!僕も最後まで残ります!」
親狼隊長は隣でクロスボウを構えている側近の少年に命じる。
十代半ばにもいっていない彼を優先して脱出させたい親狼隊長だったが、少年はそれを拒だ。
親狼隊長「側近傭兵、気持ちはわかるが言う事を聞け。敵はいつ立て直してまた攻撃してくるか分からないんだ」
側近傭兵「そんな事わかってます!それでも……!」
親狼隊長「聞かないことを言うな、側近傭兵!脱出の機会は今しか――」
その時、ドンっと背後に何かが落ちる鈍い音を聞いた。
親狼隊長「!」
振り返ると、手の平サイズの不可解な塊が跳ね上がって地面に落ちるのが見えた。
それには見覚えがあった。
つい先ほど、まだこちらが崖の上の敵を釘付けにしている時に、見当違いの場所で上がった爆炎攻撃。
それの仕掛けの元と思われる物体。だが、今その物体は親狼隊長達のすぐ目の前にあった。
親狼隊長「ッ!」
側近傭兵「わッ!?」
親狼隊長はとっさに、側近の少年に覆いかぶさる。
その次の瞬間、爆発と爆風が彼らの背後で上がった。
親狼隊長「ぐッ!?」
親狼隊長の背に激痛が走る。
まるで焼いた刃物を無数に突き刺されたかのような激しい痛み。
今すぐ叫びながら暴れまわりたい程の苦しさだったが、今それは許されなかった。
親狼隊長(来る……!)
親狼隊長は、崖の上から迫りくる者の気配を感じた。
激痛に耐えながら、側近の少年が落としたクロスボウを掴み、片手で構えて崖の上へと向ける。
次の瞬間、頭上で再び閃光が瞬き、周囲が急激に明るくなる。
そしてほぼ同時に、崖の縁から複数の人影が現れた。
親狼隊長「!」
光を背に現れた彼ら。その中の一人と親狼隊長の目が合った。
それを合図とするかのように、親狼隊長はクロスボウの矢を解き放った。
親狼隊長「ヅッ!?」
矢が解き放たれた瞬間、入れ違うように親狼隊長の全身にいくつもの衝撃と激痛が襲いかかった。
先ほどの痛みとは別種の、杭でも打ち付けられるかのような激痛。
それが雨粒のような注ぎ方で親狼隊長の全身を襲った。
親狼隊長「……ッ」
側近少年を庇うために、親狼隊長は体を丸めて顔を下げる。
側近傭兵「あ……あ……隊長……」
顔を下げると、ちょうど側近の少年の顔が見えた。
少年の体は震え、恐怖と悲しみの入り混じった瞳に涙を浮かべて、親狼隊長の顔を見つめている。
親狼隊長「……ごめんな」
腕の中で震える側近傭兵という少年に、親狼隊長は静かにそう言った。
そしてその言葉を最後に、親狼隊長と言う名の彼が動く事はなくなった。
誰が最初に引き金を絞ったのかは不明だった。
崖の下に潜んでいた多数の敵。
彼らと相対した次の瞬間には最初の一発が撃ち出され、それを皮切りに殺人の雨が始まった。
小銃を持つ各員は、単射もしくは三点制限点射に設定された小銃の引き金を、眼下に向けてひたすらに引き絞った。
MINIMI軽機を持つ隊員は、崖下を端から縫い付けるように軽機を撃ち続ける。
加えて、時折放り出される手榴弾が、傭兵達の体を傷つけ、引き裂く。
それぞれの発する暴力は、まるで作業のように傭兵達の命を奪ってゆく。
無数の発砲音と炸裂音は、崖下で動く者が居なくなるまで鳴り響き続けた。
隊員N「撃ち方やめーッ!撃ち方やめだッ!それ以上撃つなーッ!」
隊員Nが怒号と手振りによって命令を下す。
合図によって、十数秒間続いた殺人の雨は止んだ。
発砲音にかき消されていた本物の雨音が、再び周囲に戻ってきた。
隊員O「ッ……ハァ、糞ったれがぁ……!」
隊員O三曹が頬を銃床から放して、荒い呼吸を整えながら悪態を吐いた。
ほんの十数秒間の出来事だったが、彼らは何時間も戦っていたような錯覚を覚えていた。
隊員O「ッ!?」
そんな彼らの耳に、鳴り止んだはずの発砲音が再び飛び込んできた。
隊員N「なんだ?」
見れば、射撃中止の命令が出たにもかかわらず、躍起になって撃ちつづける隊員が一人いる。
武器B「ハァッ……次は……!」
武器科の武器B一士だった。彼は不安定な呼吸をしながら、必死に照準を覗き続けていた。
武器A「おい武器B……」
武器B「……次……次の敵……ッ!」
武器A「武器B!撃ち方やめだ、それ以上はいい」
武器B「ッ!?……ハァ……ハァ」
武器Aが近づき、崖下に向けていた小銃を腕で強引に跳ね上げる。
それにより武器Bは我に返り、ようやく射撃を止めた。
隊員N「やれやれ……」
様子を見守っていた隊員Nは、ため息を吐きながら自分の左腕に目を向ける。
彼の腕には矢が突き刺さっていた。
眼下の傭兵達と相対した瞬間に受けた物で、
幸いにも鏃は骨で止まっており、刺さりも浅い。
しかし、もう少し軌道がずれていれば、矢は彼の喉を貫いていたかもしれなかった。
隊員N「ぞっとしねぇ……各員警戒!動くものがいないかよく確認しろ」
隊員Nは矢を強引に引き抜き、止血をしながら指示を飛ばす。
隊員M「……動くものなんて……」
隊員Nの指示に、青ざめた顔の隊員Mが歯切れの悪い口調で反応する。
呼吸が落ち着き、冷静さを取り戻した各々の目に映る眼下の光景。
隊員M「ひどい……」
50名は超えると思われる傭兵の亡骸の数々が、照明弾の光に照らされている。
彼らが流した血によって、元々明るい砂色だった地面は、各所が赤黒く染まっていた。
隊員L「………」
対戦車火器射手の隊員L三曹が、額に皺を寄せ、片手で顔面を覆っている。
隊員L「………これでは虐殺だ」
彼はしばらくの沈黙ののち、静かにそう呟いた。
隊員O「余裕そうだなぁ、隊員L?」
そんな彼に、突如に皮肉のこもった台詞が投げかけられた。
隊員L「何?」
隊員Lの振り向いた先には隊員Oの姿があった。
嘲笑うような言葉に反して、彼はかなり険しい表情を作っている。
隊員L「どういう意味だ?」
隊員O「いや、こんな状況でよく敵を憐れむ余裕なんかあるなと思ってよ。
それとも味方よりも似た顔立ちの連中のほうが心配か?なぁ、ロシア人さん」
隊員L「お前ッ」
隊員Lは隊員Oに詰め寄ろうとする。
隊員N「隊員O、私と一緒に来い!崖の下を調べるぞ。二名はここに残り警戒続行、二名は塹壕へ戻れ、いいな!」
だが隊員Nの指示が周囲に響き、二人のやり取りは中断された。
隊員O「チッ、話は後だな」
あからさまな喧嘩腰で言い放ち、隊員Oは崖下へと降りて行った。
隊員L「……視野の狭い差別主義者が……!」
濡れた地面に、親狼隊長の体が横たわっている。
一切の活動を停止した彼の体。それが次の瞬間、もそりと持ち上がった。
側近傭兵「うぐ……」
親狼隊長の体の下から、側近の少年が這い出て来た。
少年は出て来るやいなや、親狼隊長の体へと向き直り、彼の体を仰向けに起こす。
側近傭兵「あ、隊長………」
そして露わになったのは、口から血を流し、瞳は虚空を見つめる親狼隊長の顔。
くしくも敵が空に上げた光源によって、側近傭兵はそれをまざまざと見せつけられる事となった。
側近傭兵「嘘だ……隊長ぉ」
涙腺が緩み、少年は今にも泣きじゃくりそうになる。
?「おい、生き残りだ!」
側近傭兵「!」
しかし背後から近寄る気配と声が、彼の嘆きの邪魔をした。
隊員O「チッ、糞野郎どもが」
悪態を吐きながら崖の下へ降り立った隊員O。
彼は傭兵達に対する憎々しげな顔を隠そうともせず、周囲を見渡していた。
隊員O「ッ!」
そんな彼の視界の端に、動くものが映った。
視線をそちらへ移すと、仲間の体へとすがりよっている、一人の傭兵の姿が飛び込んできた。
隊員O「しつけぇな糞……おい、生き残りだ!」
隊員Oはその存在を周囲に知らせるべく大声を発し、同時に傭兵に銃を向ける。
そして傭兵を拘束するため、接近しようとした。
隊員O「おいお前ッ!そこでじっとし――ッ!?」
しかし突如、彼の肩に浅い痛みが走った。
側近傭兵「来るな!隊長に近づくなぁッ!」
隊員Oを襲ったのは投石だった。
傭兵の少年が近くに落ちている石を掴み、必死に隊員Oへと投げつけていた。
隊員O「糞、こいつ……ヅッ!」
うちの一つが隊員Oのこめかみに命中、軽くない痛みが隊員Oを襲い、彼のこめかみから血が流れる。
隊員O「……野郎ッ!」
それが彼の頭に血を登らせた。
隊員Oは構えた小銃の引き金を引き、立て続けに数発発砲した。
側近傭兵「ひぅッ!?」
少年の足元に数発が着弾し、怯んだ彼は目をつむる。少年自身に被弾は一発も無かったが、それはまったくの偶然だった。
怯んだ少年に隊員Oはヅカヅカと歩み寄る。
側近傭兵「う……あッ!」
隊員Oの接近に気付き、少年はとっさに胸元の短剣を掴み、引き抜こうとした。
側近傭兵「ぐぅッ!?」
だが、間合へ入った隊員Oが、蹴りを繰り出すほうが早かった。
戦闘靴のつま先が少年の横腹に叩き込まれ、少年はわずかに宙を舞い、地面へと叩き付けられた。
悶え苦しむ少年を尻目に、隊員Oは目の前に横たわる親狼隊長へと銃を向けた。
銃の先端を親狼隊長の体に突き付け、生死を確認する。
隊員O「……こいつは死んでる」
その場の脅威を排除したことを確信し、隊員Oは小さく息を吐く。
しかしそんな彼を小さな衝撃が襲った。
側近傭兵「やめろぉッ!隊長から離れろ!」
傭兵の少年が隊員Oにタックルを仕掛けてきたのだ。
少年は蹴とばされた痛みも治まらない体で、泣きじゃくりながら必死に隊員Oにしがみついた。
それはお世辞にも力強い攻撃とはいえず、まるでじゃれついているかのような強さだった。
隊員O「ッ、このクソガキ!」
果敢な突進も空しく、少年を隊員Oに引きはがされ、逆に羽交い絞めにされてしまう。
側近傭兵「うぐッ……!チクショウ!放せ、放せよぉッ!」
しかし、なお少年は腕の中でもがき、腕に噛みついたり爪を立てたりして抵抗を試みた。
隊員O「痛ッ!いい加減に……しやがれッ!」
側近傭兵「もぐッ!?」
隊員Oは少年の顎を鷲掴みにして、顔を強引に引き起こし、血走った瞳で少年の顔を睨みつけた。
隊員O「今更お涙頂戴でもしようってか、この糞共が!てめぇらなんぞ全員――」
隊員L「やめろ馬鹿野郎ッ!」
腹にため込んだ罵声をすべて吐き出す前に、隊員Oは突き飛ばされ地面に倒れる。
崖を駆けずり下りて来た隊員Lが、彼を突き飛ばしたのだ。
側近傭兵「けほっ……隊長!」
解放された少年は親狼隊長の亡骸に駆け寄る。
それを一瞬だけ見届けてから、隊員Lは隊員Oを睨みつけた。
隊員L「お前、おかしいんじゃないのか!? 自分が何してるか分かってるのか!?」
隊員O「ぺッ、俺は正常さ……どうかしてんのはお前だ!さっきから連中を庇い建てしやがって!
こいつらのせいで宇桐死んだんだぞッ!?」
起き上がった隊員Oは、周囲に散乱する死体を指し示しながら怒りの声を上げた。
隊員L「そんな事は……分かってる!だからって……見ろ!彼らだって仲間を失ってる!ましてや今の相手は子供だぞ!?」
隊員O「それがどうしたぁ!?敵のガキを憐れむのは、味方の仇を取るより優先する事かぁ!?えぇッ!?」
隊員Oは血走った眼を見開いて怒鳴り散らし、訴える隊員Lの胸倉を掴み上げた。
補給「そこまでだ、たわけ共ォッ!」
殴り合いに発展しかねない二人の間に、別の怒号が割って入った。
二人が崖の上に目を向けると、そこに補給の姿があった。
先の怒号は彼の発したものだったが、声色に反して補給の表情は冷静そのものだった。
補給「……気持ちは分かる。だが、今感情をぶつけ合う時間は無いぞ。ここは収まったが、全域はまだ戦闘中だ」
打って変わった落ち着いた声色で、隊員Lと隊員Oを解く補給。
補給「悲劇を広げたくなければ、それこそ冷静になるんだ。隊員O、お前は上に上がって来てこちらを手伝え」
隊員O「……チッ、了解。そちらへ戻ります」
若干落ち着きを取り戻した隊員Oは、不服そうな声で命令を反復。
隊員Lを一瞥してから、崖を登って行った。
補給「隊員L、隊員Mを下へおろす。二人でその少年を保護しろ」
隊員L「了解……」
隊員Lも命令を受諾する。
複雑な心境だったが、ともかく少年を保護するべく、彼の元へ歩み寄ろうとした。
隊員L「ッ……!」
しかし、隊員Lの足は一歩を踏み出す前に止まる。
亡骸にすがりよる少年が、隊員Lの接近に気付き、彼を睨みつけて来たからだ。
涙の浮かぶその目で、近寄るな≠ニ必死に威嚇していた。
まるで親の亡骸を守る子獅子のように。
隊員L「………どうかしてる」
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